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優しい街には、優しい虫の声が響く。
 私が自分のサイトを立ち上げた頃、私は広告代理店でアルバイトをしていた。
職場まではバスに乗って通勤していたが、私と同じバス停から同じ時刻に発車
するバスに、1人の目が不自由と思われる男性が乗っていた。
 その男性はバスの行き先のアナウンスを聞くと、直ちに杖で点字ブロックを
なぞりながらスムーズに乗車していた。降車するときも同様であったと思う
(降車するバス停は確か違っていたはず)。こうやってスムーズに通勤できる
ようになるまでは、おそらく苦労もあっただろうが。

 私がそのアルバイトをやめてしばらくして、再びその人を近くのローソンで
見かけた。彼が店内に入ると店長が来て売り場に誘導し、こういう商品を売って
いるということなどを丁寧に説明していた。
 私が感心したのは別にその男性が目が見えないのによく頑張っているなあと
いうことではなく、近くのローソンがそういうお客さん相手でもきめ細かい
サービスが出来るノウハウを蓄積していたことだ。このローソンの近くには
24時間営業のスーパーがあるが、それでも営業を続けられるのはこうして常連
客を獲得しているからかもしれない。

 私が住んでいる街にはほかにも目が見えない人や、耳が聞こえない人、
車椅子に乗っている人が沢山いる。お年寄りに至っては近くの商店街にあふれ
かえっている。腰を曲げて、ショッピングカートを引きながら、マイペースで
歩いている。
 私はこの街にきて、少し生活や人生のことを考えられる余裕ができた。
それまではお先真っ暗だったけれど。


 さきほどまで、ひたすらPCに向かって、絵を描いていた。秋の虫たちの鳴き
声を聴きながら。
 どんな音楽よりも、心が落ち着く。
 このごみごみした街の中で優しい秋の虫の声が聴けることに、感謝している。
そして、1日でも長く聴けることを心から願う。
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by imymegallery | 2006-08-28 20:29 | 日常生活の一部
ネタばれ注意「生誕120年 富本憲吉展」
今週の日曜日に京都国立近代美術館で「生誕120年 富本憲吉展」を鑑賞
しました。諸事情により書くのが遅くなりましたが、感想を書きます。
この展覧会は京都では9月10日(日)まで開催され、そのあと
茨城県陶芸美術館(2006年9月30日(土)~12月3日(日))、
世田谷美術館(2007年1月4日(木)~3月11日(日))、
岐阜県現代陶芸美術館(2007年4月7日(土)~5月27日(日))、
山口県立萩美術館・浦上記念館(2007年6月30日(土)~8月
19日(日))へ巡回します。いま詳しい内容や批評を読みたくないと
いう人はここから下は読まないでください。



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 富本憲吉は、1955年に第1回重要無形文化財技術保持者となった陶芸家であるが、
その出発点は東京美術学校図案科での作品ならびに卒業後の英国留学である。展示では
まずその時代のスケッチなどに焦点を当てている。英国留学中はステンドグラス制作を
学ぶかたわらヴィクトリア・アンド・アルバート美術館へ通ってスケッチをしたという。
そのスケッチから既に、富本の芸術家としての姿勢が垣間見える。

 帰国後、富本はいよいよ試行錯誤の陶芸の制作を開始する。その軌跡を展示では
「大和時代(1913-1926)」「東京時代(1926-1946)」「京都時代(1946-1963)」と分けて
いる。ただしこの3つの時代を通して、富本が貫いている創作理念がある。それは
「模様から模様を造るべからず」ということである。それを貫きながら時代を経るに
つれて独創性や完成度を高めたのは驚嘆に値する。

 各時代に戻って感想を述べると、まず大和時代では、楽焼の素朴さ、白磁の均整が
とれてしかもやわらかいフォルム、そして面白いのは「陶板」名づけられた陶の円板
である。ちょうど色紙に絵を描くような感覚のものである。この頃から風景や草花
などを模様として取り入れたところに富本の作品の特徴が見られる。

 東京時代になると、模様の装飾性が顕著になるとともに、色づかいも細かく計算される
ようになる。「柿釉色絵柘榴模様飾壺」「色絵唐花草模様八角皿」「色絵薊模様飾筥」は
植物の具象的な模様を取り入れつつ器としてのデザインの完成度も素晴らしいと思った。
また「柿釉色絵四弁花模様蓋付小壺」「色絵四弁花模様飾壺」「色絵更紗模様中皿」
「色絵四弁花更紗模様六角飾筥」は、この後富本が創り出した模様である「四弁花模様」
の器への展開がよく考えられていて、独創的で美しい。

 京都時代になるとより模様の使い方が自由自在になったようで、大和~東京と続いた
試行錯誤の創作の集大成を見ているような気がした。文字や植物などの具象的な形を
描いた陶板、「色絵四弁花更紗模様大鉢」のような模様を見事に器にフィットさせた
作品などがそうである。しかし富本の美への探求はそれでも終わらず、京都時代には
羊歯模様を生み出し、また技法の開発としては色絵金銀彩の完成により、「色絵金彩
羊歯模様角瓶」「赤地金彩羊歯模様「白雲悠々」字画香炉」「色絵金銀彩四弁花模様
飾壺」などの美しい作品を多数残している。

 しかし私が一番すごいと思ったのは、3冊にもわたる「富本憲吉模様集」をはじめ
とした多数の素描である。これらは野外での動植物のスケッチであり、まさしく
「模様から模様を造るべからず」の実践であった。私もよく自分で模様を描いて
文房具や日用雑貨などを作っているので、富本の考え方に学ぼうと思った。
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by imymegallery | 2006-08-25 08:33 | 展覧会の感想
トップにお知らせ欄を作りました。
私が参加するイベント、展覧会などのお知らせをトップに
固定してアップします。
頻繁に変更されますので、まめにチェックしてくださいね!
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by imymegallery | 2006-08-22 23:13 | お知らせ
おめでたちゃうって。
 今朝、市内の公共スポーツ施設内のプールへ行ったときのこと。ひとしきり泳いでプールサイド
のベンチに座っていたら、朱色のド派手な水着を着た60代前半と思われるばあちゃんが寄って
きて、
 「あんた、おめでた?」
などとのたまった。その時、私の脳みその辞書には「おめでた」という言葉は使用順位が
数万位であったため(嘘)、私は一瞬唖然としたあとゲラゲラ笑い出し「おめでた違いますよ!」
と言ったらそのばあちゃん、「いや、お若いからおめでたかな、と思ったの」と追い討ちをかけて
くれたため私は「違いますよ!絶対違いますよ!」と言いながら笑い死にするかと思うほど
笑い続けた。

 そしてひとしきり笑ったのち。私は心に誓ったのは言うまでもない。

 「絶対ダイエット成功させたる」
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by imymegallery | 2006-08-16 23:59 | 日常生活の一部
気が重い。
 今日の午後10時ごろ、近所の交番の警察官が私の住むマンションに
聞き込み捜査に来た。私の上の階に住んでいる人が倒れたのが他の部屋の人に
見つかって、救急車で病院に運ばれたので、何かなかったかと調べに来たらしい。

 私はその日出かけていたが、救急車が来たのは私の帰宅後らしく、なんで私は
救急車のサイレンの音が聞こえなかったんだろうかと不思議に思った。私は
倒れた人の家族構成も大雑把にしか知らなかったし、顔なんか覚えていない。
いくら私が物忘れがひどいと言っても、顔ぐらい覚えておかないといけないなと
思った。

 結局、私なんぞほとんど捜査の役には立たなかったと思われる。もうこの
マンションに住んで長いのに、同じマンションの住民とは挨拶を交わすくらいで
それ以上の交流はない。情けないことである。

 その後どうなったかはわからない。残ったのは憂鬱な気分。今夜眠れるだろうか。
とりあえず睡眠導入剤を飲んでみるが。おやすみなさい。
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by imymegallery | 2006-08-13 23:57 | 日常生活の一部
アボガドを描く
 なんか「静物画の技法シリーズ」みたいなタイトルをつけてしまったが、まあいい。とにかく
スーパーの果物売場へ行ったら、アボガドを描きたくなったのだ。果物売場の一角の1個
100円のアボガドの中から、絵を描くのによさそうなアボガドを物色した。濃い緑色と、黒
ずんだ紫色が3:7くらいの色をしたアボガドを買ってきた。まだ固いので食べるには少し
早いが、絵を描くにはちょうどいい(←私の独断)。

 買ったあと早速家でアボガドを描き始めた。アボガドを手にとって近づけて見ると、表面は
しわだらけで、無数の斑点が散らばっている。暗い緑色と紫色が混じりあう部分が目を
ひく。1個100円でも実に手ごわいモデルである。

 細部に引っ張られ過ぎないようにしながら下描きを終え、着色に入った。たった1個のアボ
ガドに、こんなにたくさんの数の色彩が含まれているのか、と改めて見とれながら色をつけた。
緑と紫の境界線にエフェクトをかけるなどして特に気を遣って描いた。

 描きあげると心底ほっとした。描いている最中、無性にアボガドにかぶりつきたい衝動が
何度も襲ってきたからだ。

アボガドは明日には食べ頃になるだろうから、明日じっくり味わうことにする。

P.S. 今、HBR1というストリーミングラジオ局でFrancoFunghiというDJの「Aequilibrium」
というのを聴いて至福の時を過ごしているのですがこの人の詳しい情報がわからないので、
誰か教えてくだされ。よろしく。
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by imymegallery | 2006-08-09 21:34 | お絵描き
旅行の件。
 7/30から今日まで、東京を経由して宮城県方面(仙台、松島、奥松島)へ旅行してきた。
一応今回の旅の簡単な内容を記憶しておく。

7/30、自宅を出発、新幹線経由で千葉へ、千葉市美術館で展覧会鑑賞後東京に
戻り、東京泊。
7/31、東京から新幹線で仙台、在来線で松島へ。遊覧船で海上から島々を観光
したあと、五大堂、福浦島などを散歩。夕方に野蒜着、近くの民宿に宿泊。
8/1、野蒜海水浴場にて泳ぐ。昼過ぎより奥松島縄文村へ移動、資料館など見学。
大高森の展望台から奥松島の眺望を楽しむ。前日と同じ民宿に宿泊。
8/2、午前野蒜から仙台へ移動、せんだいメディアテークなど見学、夕方に東京着、
東京泊。
8/3、夕方自宅着。

 どうも今回の旅は苦労の連続だった。海水浴をした日の仙台の気温はなんと23℃、
水温はさらに低くて体がちぢこまってしまい、しかも波が高かったので危うく流され
そうになることの連続、ろくに「泳ぐ」ことが出来なかった。そのくせ紫外線だけは
山ほど降り注いでいたようで、私の背中や肩は真っ赤になってひりひりとした痛みで
夜なかなか寝付けなかった。

 まあそれでも楽しかったこともあったので良しとするか。
 しかしまだ背中がひりひりと痛い。明日皮膚科行くか……。
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by imymegallery | 2006-08-03 20:17 | お出かけ
JUANA MOLINA Live 2006 (2006/7/25 at Club Metro)
 久しぶりのクラブメトロ。ここは私が学生時代に出来て以来京都では
最も長く頑張っているクラブの1つで、しかも年を追うごとにライブ
やDJイベントの内容も充実し、京都ではここでしかお目にかかれない
ものも多い、非常に貴重なクラブだ。
 ただ、私もトシをとったせいか通常時間帯(22時~深夜)のイベント
に行くのは年々しんどくなり、最近はかなりご無沙汰していた。しかし
この日のライブは19時半から約3時間たっぷり楽しめるということ
だったのでちょっと気になった。
 でもやはりライブの内容に心ひかれないと行きたくないから、ちょっと
調べてみた。私はよくインターネットの音楽専門ラジオをよく聴いて
いて、気に入った曲があったらその放送局のリストから歌手名と曲名
をコピーして自分の「印象に残った曲リスト」を作っている。その
リストを調べたら彼女の名前が見つかって、そのあと試聴もし直した。
それで行くことを決めた。
 JUANA MOLINA(フアナ・モリーナ)はアルゼンチン音響派の歌姫
として世界的ブレイクを果たしたという。音響派に関してはアーティスト
次第、そして曲次第の部分はあるが、私にとっては割と好きなものが多い。

 ライブはほぼ定刻どおりはじまった。
 最初は京都在住のdub marronicsのライブ。MIDI機器から出て
くるコードがうにゃうにゃと絡み合っているさまはスパゲッティのようで、
妙に気になったが、そのキカイでチューニングするさまは非常に真剣
かつ繊細で、音を生み出すことへのこだわりを強く感じた。また、後方
では鉄琴、ピアニカ、フルート、リコーダー、バイオリンなどいくつもの
楽器を1人で使いこなしている人がいて驚いた。

 続いて山本精一のライブ、さすがに様々なミュージシャンと共演し、
ジャンルを自由に飛び越える人だけあって熟練した演奏を見せた。
ただ、女性ヴォーカルが少し地味すぎた。声質は良いのだけれども、
メインで歌うには見た目はヴォーカルとしてのオーラが少なすぎるし、
歌っても声量が足りなかった、山本氏が歌っている時のバックコーラス
は良かったが。適材適所というわけにはいかなかったようだ。

 そして真打ち登場。
 黒と白のチェックで、しかも白の丸い襟つきのワンピースという
とても少女っぽい服装がキュート! そして背筋を伸ばしてアコー
スティックギターを持ち、右側にはシンセや打ち込み機器を置き、
たったひとりでリズムをとり、ギターをかき鳴らして歌い始めた。
もうカッコ良すぎ。彼女の歌声は力強くて、思わず引きこまれた。
シンセやギター、さらに自分の声まで少しずつsequenceして
いくのを見て「音作り」に対する真摯な姿勢を感じた。当然のごとく
アンコールが起こり、1度目の曲はこの日のライブの中でもとり
わけ完成度の高いものだった。そしてまたアンコールが起こり、
最後の曲はギター1本だけで歌った。

 JUANA MOLINAは、本来ギター1本と自分の声だけで、十分歌を
聞かせることのできる力量を持っているのであった。しかし「音響派」と
呼ばれる音楽を創ることでより真剣に音楽を楽しむことができるように
なったのではないかと私は思った。
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by imymegallery | 2006-08-02 19:35 | その他の感想