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落ち葉の山に埋もれて
 並木道はすっかり落ち葉に覆われて、私は落ち葉を踏みしめながら歩いた。落ち葉の音は
シャリシャリと、感触は柔らかく足に伝わり、どんな道よりも歩くのが気持ちいい。

 あれはおそらく12、3歳の頃だったか、校庭に積もる大量の落ち葉を見て、私と私の
数少ない友人が、落ち葉を集めて焼き芋したいなあ、と誰ともなく言い出した。しかし学校の
中でそんなことをするわけにはいかず、なんとかならないかと思っていたら、友人の1人が
ウチの庭で焼き芋やろうと言い出したのだ。

 それから数日間、私たちは校庭や公園などで落ち葉をゴミ袋数枚分ずつ集めて、焼き芋
決行日にその友人の家に行った。

 その子の家にきて驚いたのは、庭がすごく大きかったこと。建物よりも庭の方が大きかった
んじゃないかと思うほどだった。そして確かその子のお父さんがある程度準備してくれて
いて、落ち葉を集めて芋を焼けばよいようにしてくれた。そして芋を焼く時も、危険なことは
その子のお父さんが手伝ってくれた。

 焼けた芋を食べたときは、かなり美化された部分を差し引いても、すごく美味しかったと
記憶している。



 もう二度とこんなことをすることもなければ、こんな喜びを味わうこともないんだろうな
(私とその友人たちは、まだまだ無邪気なところがあったから)と、遠い昔の記憶に思い
をはせながら、夕暮れ時の並木道を歩いたのだった。
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by imymegallery | 2006-11-29 18:31 | 日常生活の一部
「エッセンシャル・ペインティング」
 今日は大阪の国立国際美術館で「エッセンシャル・ペインティング」を鑑賞
しましたので感想を書きます。
 この展覧会は同館で12月24日(日)まで開催されます。いま詳しい内容や
批評を読みたくないという人はここから下は読まないでください。なおこの
展覧会は同館でのみ開催されます。



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 この展覧会は1990年頃以降現在に至るまで、欧米の現代絵画の第一線で活躍
している画家13人の作品を一挙に展示するとのことで、私は今年最後にこの
展覧会だけは何としてでも鑑賞したいと思っていた。日本はともかく、欧米で
現在活躍している画家を見る機会がほとんどなかったからだ。歴史上の人物と
なった画家たちの作品はいつもどこかで見ることができるが、現在を生き、
創作をする画家たちが何を描き、何を考えているがを知ることが、同じく
「今を生きている」絵描きのはしくれの私にとってはもっと重要なことだからだ。

 今回の展覧会に出品している画家は、マンマ・アンダーソン、セシリー・ブラウン、
ジョン・カリン、ピーター・ドイグ、マルレーネ・デュマス、ベルナール・フリズ、
アレックス・カッツ、ミッシェル・マジェリュス、ローラ・オーエンズ、
エリザベス・ペイトン、ネオ・ラオホ、ヴィルヘルム・サスナル、リュック・タイマンス
の13名である。

 鑑賞していてまず感じたことは、画風が13人のすべてが独自のものであること、
そのほとんどが具象画(といっても、イメージの1かけらとして抽象的な画像を
使っている絵はある)であること、そしてそのほとんどがカンバスに油彩で描かれて
ことである。

 そして私は気にいった絵を探す。マンマ・アンダーソンの生活臭のある絵および
(生活臭のある)屋内と(自然の風景がひろがる)屋外との不思議な融合、ピーター・
ドイグのやわらかく暖かな絵、ベルナール・フリズの虹色の太い筆跡(この作家の絵は
抽象画と言える)、エリザベス・ペイトンの小さい画面ながら濃淡のはっきりして
凛とした人物画、ヴィルヘルム・サスナルのミニマルな絵画(特に「木星」という絵は
各要素を絶妙なバランスで描いている)。
 1つの大きな展覧会というよりも、13人分の個展を鑑賞した気分であった。

 この作家たちはそれぞれの絵のテーマの取捨選択や取り組み方、考え方は違うの
だろうが、大雑把にとらえると、今という時代の表現というか、発表、あるいは
発信というコミュニケーションの仕方をとっていると思う。今は絵だけではなく
言葉にしても音楽にしても外部に発信しやすくなっていると思う。例えばインター
ネットで、ブログを開設して自分の考えを発するように。

 だから彼らはやっぱり、後世の美術史の研究者たちによって、2000年代の
美術として(ポップ・アートとかニュー・ペインティングとかと同様に何らかの
言葉を命名されて)くくられるのかもしれない。もっとも、歴史の暗闇に埋没して
しまうかもしれないが……。
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by imymegallery | 2006-11-23 21:03 | 展覧会の感想
つまらない者ですが。
 昔はお歳暮とかお中元とか、その他贈り物をする時に「つまらない物ですが…」と
一言添えていました。ただ最近はそもそも贈り物をする機会が減った上に、贈り物
をするにしてもお店から宅配便で直送してしまうので、このような言葉も聞かなく
なりました。
 私なんかはひねくれていましたから、子ども心に「えー、なんでそんなつまらない
物なんか贈るのー、失礼やん」と思っていました。
 謙譲の美徳というものがわからなかったんですね。

 でも、そんな私も、つまらない者だったような記憶が。いや、今もそうですね。
テレビも新聞もたまにしか見なくなったし。あまり見る気もしないです。絵を描くのに
忙しくて、そんなもの見る暇がないのです。

 最近連日のように「いじめを苦にして自殺」というニュースを見るので(テレビや
新聞は見なくても、風に乗ってニュースは届くんです(笑))、私はなぜ今日に至る
まで生きていられたんだろう、と思って。

 私も子どもの頃、よくいじめられました。特に幼稚園から小学校3年生までがひど
かったかな。いや、私にも色々欠点はあったのです。トイレに行くタイミングを逃が
したとか、給食を食べるのが遅かったとか。すぐ泣くとか。しかしそれにしてもよく
いじめられました。「汚い」とか「バイ菌がうつる」とか言われたり。「僕の消しゴムを
勝手に取った」と言いがかりをつけられたり。

 こんなにいじめられてなぜ私は自殺しなかったんだろう、と思います。で、色々
考えてみたんだけど、今までなかなかわからなくて。さすがにこんな昔のことに
なると、記憶があやふやなんですよね。
 で、ようやく思い出した分だけでも、その理由を書いてみます。

・多分小学校まではそもそも自殺というものを知らなかった。
・あまりにもつまんないガリ勉だったため、かえって傷つき過ぎず我慢ができたの
 かもしれない。
・当時の学校の1クラスは約40-45人、1学年に7-8クラスあったので、これだけ
 人数がいると私のほかにも似たような目に遭っている人がいたので、その子らと
 仲良くしていた。
・当時はどちらかというと自分を責めるよりもいじめる連中が悪いと思っていた。
・いじめられていることは多分育ての親である祖母に言ったと思う。そしたら祖母は
 確か「もっと大きくなって中学とかになったら自然にいじめもなくなるよ」みたいな
 ことを言ってくれた。
・そして小学3年が終わる頃、確か当時の担任の先生が私をいじめる子に対して
 怒って、それ以来いじめられることは少なくなった(なくなりはしなかったけど)。
・さすがに、靴の中に画鋲を入れるとか、葬式ごっこをするとか、金を脅し取るとか、
 そういうむごたらしいことはされなかった。

 と、色々書いてみたけれど、いまの学校の環境って、私の子どもの頃とは違って
きているのかもしれません。
 そう思うといじめられて自殺した子たちの苦しみは私の場合よりもより一層つらい
ものだったかもしれません。
 いずれにしても、私はこれからも「いじめ」という行為を許さないことでしょう。
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by imymegallery | 2006-11-14 23:09 | その他
スーパー銭湯
 久しぶりにスーパー銭湯へ行きました。確か昨年ぐらいにウチの近所に
出来たのですが、まだ行ってなかったので。
 私が時々絵のデータ出力などを頼んでいる出力センターへ原稿を持ち
込んだあと、その足で15分ほど歩いて到着。このあたりにしては広い
駐車場の7割程度が埋まっていました。

 建物の中に入ると、まだ新しいだけあって清潔感はありました。ただ
ここは、入浴、食事などほとんどすべてのサービスに会員価格が設定
されていました。確かに一般よりは少し安いけれども、このあと何回
通うかな、モトはとれるかな、と迷いました。でも結局会員カードを
作ってもらいました。そのカードを使って入浴券を買い、受付で鍵を
もらって、いざ大浴場へ。

 私がスーパー銭湯に求める最低限の条件は、普通の銭湯よりも浴場の
風呂の種類とキャパシティが多いこと、食事ができてお座敷があって
ゆっくり休憩できること、マッサージやエステなどの美容や健康を
サポートする設備やサービスがあることです。その点今日行った所は
一応条件は揃っていたと思います。

 体を洗ったあとは風呂三昧。なかでも露天風呂は天然温泉とのことで
ゆっくり温まってきました。それから薬湯。そしてジェットバスに
ジャグジーバス。ジェットバスはジェット噴流の流量や角度や強さに
よって3種類くらいありました。一番噴流の強いのに入れば下手な
マッサージより威力があったように感じました。

 そして入浴後はお座敷へ。お座敷のスペースは半分くらいしか埋まって
いなかったので、隅っこのテーブルを独占してしばしの間脱力状態に
なっていました。新聞や本、テレビなんかも備え付けてあったのですが
ここはひたすら何もせずにリラックス。やがて夕刻になったので夕食の
注文。おばんざい(お惣菜の京都における呼び名、だったと思います)
定食を頼んで食べました。美味しかったです。ここにはほかに色々
メニューがあるので、また来て食べたいです。

 ふだんPCを使っていてたまった疲れ、肩こり、腰痛などがとれて、
身も心もほぐれました。またこれから絵の制作を頑張ろうと思った、
そんな1日でした。
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by imymegallery | 2006-11-11 18:53 | 日常生活の一部
「書票展-蔵書票の魅力-」
 今日は兵庫県西宮市にある聖和大学の図書館で開催中の「書票展-蔵書票の魅力-」
を鑑賞しに行きました。私は今までにも自分のサイト等で、蔵書票を見るのも
作るのも好き、ということを書いてきました。今回の展覧会では、日本国内の
作家55人による約930点の蔵書票と、特別展示として版画家の山本容子の作品が
展示されるという大がかりなものだったので、頑張って行ってきました。

 蔵書票(Ex-Libris)は本の所蔵者を表す小さな紙片で、自分の本の見返しなどに
貼り付けます。蔵書票はただ単に所有者を表すだけでなく、銅版や木版、石版
等を用いて美しい図柄が刷られています。そのため、現在では小さな美術作品
として収集し楽しむ人も増えてきているそうです。

 蔵書票はもともと西洋で発達したものですが(日本ではそのかわりに「蔵書印」
が用いられた)、明治以降日本に持ち込まれ、日本では竹久夢二なども蔵書票を
手がけており、この展覧会でも展示されていました。

 日本の作家の作品の特徴として、板目木版を用いて作られたものが多く、それら
が海外でも高い評価を受けているということがあります。今回の展示でも、圧倒的
に多かったのが板目木版の作品でした。浮世絵等にも用いられた日本の伝統技法で
シャープな形を彫り、鮮やかな色で刷った蔵書票には、私も心をひかれました。

 また、本の装丁・挿画のお仕事で日本を代表する版画家・山本容子の作品の展示は、
自身の著書「本の話 絵の話」(文藝春秋)から7人の「蔵書票」をイメージした
ものでした。私は山本容子の洒脱で洗練された作風が大好きで、今回も小品ながら
その作風が満喫できるものでした。

 今回の展覧会ではまさに「紙の宝石」とも呼ばれる蔵書票の魅力を堪能すること
ができ、今後私もたくさん作ってみたいと思いました。

蔵書票の魅力をより知りたい方は下記サイトへどうぞ。

日本書票協会
http://pws.prserv.net/jpinet.Exlibris/jpinet.exlibys/association.htm
国際書票連盟会議(FISAE)
http://www.fisae.org/(英語)
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by imymegallery | 2006-11-06 20:56 | 展覧会の感想
食えなければ食わない。
 今日「一木手づくり市」へ行ってきたが、最近手づくり市やアート
マーケットなどのイベントに行くのが肉体的にも精神的にも疲れて
きた。おまけにここ数回は売上も伸びないので、11月末をもって
いったん出店を取りやめることにした。

 今後は自分勝手でひとりよがりな絵を描きたい。売れる売れない
など関係なく。そして、ほかの仕事もひとまず全てやめようと思う。
働くのは嫌。最近、人に話しかけたり話しかけられたりがつらく
なったし。

 お金がなくなり、生活保護なども受けられず、絵も描けなくなったら、
私は死のうと思う。
「働かざるもの食うべからず」というならば、私は迷わず働かないで
食えなくなる方を選ぶ。

 私はやりたいことはごくわずかしかないが、やりたくないことは
いっぱい(というかこの社会でやるべきことのほとんど)あるので、
自分にとって疲弊感しか残らないようなことはやりたくない。
それを無理やりやって疲れ果てて後悔して死ぬよりは、
食えなくても私のやりたいことだけやって死にたいと思う。

 まあ、あと5年くらい生きられれば考えも変わるかもしれないけど、
そんなことが薬漬けの病人である私にできたらとっくにバリバリ働いて
いるだろう。
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by imymegallery | 2006-11-02 17:33 | その他