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※頻繁に変更されますので、まめにチェックしてくださいね!

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10月のイベント出展のお知らせ
●京都アートフリーマーケット 2007秋
日時:2007/10/6(土)~10/8(月・祝) いずれも11:00~17:30
場所:京都文化博物館・NTT西日本京都支店・河合塾京都校
I my me galleryを含む103作家が出展する秋の一大アート
イベントです。私は初参加ですが、いつも手づくり市などに
出展している作家さんで今回も出展する方もおられるようなので、
楽しくやりたいと思っています。
詳細はこちら

●京都会館手づくりアートギャラリー
日時:2007/10/28(日)(雨天の場合11/4(日)に順延)9:00~16:00
場所:京都会館中庭
オープンカフェもあるそうです。
詳細はこちら

芸術の秋、存分に楽しんでください。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。
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by imymegallery | 2007-09-23 22:03 | お知らせ
散歩に関する覚え書き(5)夏と秋のはざまで
f0033442_2165349.jpgf0033442_217918.jpg 夕方、いつものごとく出力センターへ行き、そのあと
河原町五条にある画材店へ行った。そこでの買い物を
終えて、近くの鴨川べりに座り込んでしばしの間休憩
した。すぐそばに五条大橋がかかっているが、ここは
三条や四条のあたりと違って人は少なく、まして等間
隔で座るカップルの列などあるわけがないので、静か
に草むらにひそむ虫の声に耳を澄ましていた。嗚呼、
秋の虫の声のなんと愛らしいことか!

 あとは早く昼間も涼しくなってくれないとね……。
この時期になっても最高気温が30℃を超えるというのは、
さすがに心身ともに疲労が極限に達しそうだ。
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by imymegallery | 2007-09-21 21:07 | 散歩に関する覚え書き
「麻田浩 展」(京都国立近代美術館)
 先月31日に京都国立近代美術館で「麻田浩 展」を鑑賞しました。諸事情により
遅くなりましたが、感想を書きます。いま詳しい内容や批評を読みたくないという
人はここから下は読まないでください。
 なお「文承根+八木正 1973-83の仕事 展」も同時に開催されております。どちらも
9月17日(月・祝)までです。ご覧になりたい方はお早めに。



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 麻田浩(1931-1997)は、日本画家・麻田辨自の次男として京都市に生まれた。
兄・麻田鷹司も日本画家であった。麻田浩は1954年、23歳の時に新制作協会展
に初入選を果たし、1963年31歳の時初個展を開催したのを機に画業に専念する
ことを決意した。以後画風を変えながら亡くなるまでの画家としての軌跡の
全容を初めて世に知らしめたのが今回の回顧展である。

 麻田浩の初期の作品群は、初期のアンフォルメルへの志向から、やがてシュル
レアリスムへと徐々に傾斜していくのだが、全体としては試行錯誤を重ねて
いるのが強く感じられるものである。ここには当時の京都における気鋭の
作家たちからの影響もあっただろうと思われる。

 そして1971年に、麻田浩はパリへと旅立った。しばらくは制作に集中できない
日々が続いたようだが、フリードランデル(Johnny Friedlander)の主宰する
版画研究所で版画制作を開始してから、本格的に制作に集中できるように
なったようである。私には、それとともに彼の作品は大きく飛躍を遂げたと
思った。彼のエッチングによる作品「赤い円」「原風景」は色味を抑えた、
乾いた赤土や砂で出来ているような世界の表現がとても良い。
 それとともに、油彩でも「原風景」をテーマとした一連の大作の制作が
始まった。特徴的なのは、縦・横同じ寸法の正方形、それも1辺が1mを
超えるような大作を多く描いていたことである。さらに、サイズが大きく
なっても大味にならず、水滴や地面のひび・くぼみ、鳥の羽根や昆虫などで
構成した引き締まった画面にしていることに驚異すら感じた。こうして独自
のスタイルを確立した作品がヨーロッパで高く評価されたのも、当然だと
思った。しかし同時に、心身ともに大変消耗したであろうということも、
容易に想像できる。

 1982年に帰国後、麻田浩は京都市立芸術大学の教授に就任すると同時に
自らも自身のテーマを深めるべく制作活動を続けた。パリでの作品の大きな
テーマであった、自然物で構成された「原風景」は、人工物を加えた「原都市」
へと発展していった。それはさながら廃墟や、古い標本が転がっている
実験室のようである。
 また、やはりヨーロッパの価値観にどっぷりつかったきたからであろうか、
キリスト教的主題にもより一層傾倒していくことになった(1991年に麻田浩
は、洗礼名ジャン・ピエールとして洗礼を受けている)。その代表作と
言えるのが大作「地・洪水のあと」である。1986年、京都の画廊でこの作品
1点のみを展示した個展が開かれたという。そして、この作品の裏側には、
フランス語で旧約聖書の「伝道の書」第1章の冒頭部分が書かれた。
 私はキリスト教者ではないので、あくまでも私個人の感想だが、この
「地・洪水のあと」には、洪水のあとにも新たな生命体がうごめいている
ように感じた。
 あと「御滝図」(兄に)という作品は、日本画でよく描かれる流れ落ちる滝
を描いたものであるが、これは単に日本画家であった兄へのオマージュという
意味を超えて、日本の風景を麻田浩風に、新たなる世界を示した作品だと
思う。

 1997年、麻田浩はアトリエにて自ら命を絶ってしまった。今回の展覧会では
アトリエに残されていた未完の作品「源(原)樹」も展示されていた。木の幹には
蛇が巻きついていて、画面にはいくつもの球が漂っていた。この絵を見た時、
私は「完成させてほしかった」と思った。疲れ果てていたとしても。

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(9/15追記)
・美術館の公式サイト上で「電子メール討論会」なるものが行われています。
 「この作品が展示されていない!」など、興味深いメールが集まっており
 ますので読んでみてください。
・この展覧会の最終日、9/17(月・祝)の13:30~17:00に、
 シンポジウム「今、なぜ麻田 浩なのか」が開催されます。麻田浩のことを
 より深く知りたい方は是非行ってみてください。

いずれも詳細は京都国立近代美術館公式サイトをご覧ください。
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by imymegallery | 2007-09-14 20:57 | 展覧会の感想
「我が文明:グレイソン・ペリ-」「パッション・コンプレックス」(金沢21世紀美術館)
 先月25日に金沢21世紀美術館で「我が文明:グレイソン・ペリ-」「パッ
ション・コンプレックス:オルブライト=ノックス美術館コレクションより」展を
鑑賞しました。諸事情により大変遅くなり、一度は書くのをやめようと思って
いましたが、記録のために感想を書きます。
 「我が文明:グレイソン・ペリ-」はすでに終了しています。「パッション・
コンプレックス」は11月11日(日)まで開催中です。いま詳しい内容や批評
を読みたくないという人はここから下は読まないでください。




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 今もあちこちに武家屋敷が残る加賀百万石の城下町・金沢。ここに金沢
21世紀美術館が開館して3周年を迎えたという。私がネットで下調べをした
限りでは、色々面白い企画をやっていて来館者の評判も良さそうだった。
しかし自宅からは遠くしょっちゅう足を運べない所なので、夏休み期間に上記
2つの大きな企画展の会期が重なっているのを狙って遠征した。

 JR金沢駅からバスに乗って、デパートやオフィスビルが立ち並ぶ金沢の
中心街・香林坊のバス停を降りて歩くこと約10分。妹島和世と西沢立衛の
設計によるガラスを多用した円形の建物が現れた……、と思ったら、なんと
建物の壁面が朝顔で覆われていた。なんでも「明後日(あさって)朝顔プロ
ジェクト2007」の一環の展示(?)のようである。それを見て、実習室のベラン
ダに朝顔を植えたいと言って実行してしまった、とてもかっこいい(?)、今は
亡き私の大学時代の後輩を思い出した。

 他の美術館の規則正しい動線に慣れてしまった私は、入館してしばらく道
に迷った。建物はガラスを多用しており、館内が明るかったのが救いだった。

 まず、「パッション・コンプレックス」から。
 金沢市の姉妹都市であるアメリカ・バッファロー市の、オルブライト=ノッ
クス美術館は、常にコンテンポラリー・アートの作品を収集している美術館
だそうだ。今回はそのコレクションの一部が展示されていた。
 絵画・写真・立体・映像など多岐にわたる作品が展示されていたのはよ
かったが、好き嫌いは勿論のこと、興味を持てる・持てないが私の中でかな
りはっきり分かれてしまった。

 私にとって「好き」「興味を持てる」「今後も忘れないであろう」作品をいくつ
かあげてみる。ダン・フレイヴィンの蛍光灯を使い美しい光を放つミニマリズ
ムの作品、モナ・ハトゥムの自身の居場所=地球の不安定さを示すような
砂地をバーでひたすら掃き清める作品、自画像について新しい解釈を提示
したジリアン・ウェアリングとジョン・コプランズの作品。特に自画像の作品は、
ウェアリングが家族の古い写真そっくりに変装し(しかもいくらか自身の影が
感じられる森村泰昌と違って、ウェアリングの場合は精巧に変装しきってい
る)、コプランズは自分の身体の一部分(手や足など)を毛穴、体毛、しわな
どまで剥き出しにしてみせる。これらは高い技術があってこそ出来る作品で
あり、その技術とテーマを上手く融合させたという点で私は高く評価する。

続いて「我が文明:グレイソン・ペリ-」を鑑賞。

 グレイソン・ペリーは、現代社会の諸テーマを主に陶芸作品で発表してきて
いるが、陶芸に限らず彫刻、写真、版画、服のデザイン、果ては女装まで、
様々な技法で強烈なインパクトを与え続けている作家である。
 彼が主に手がけている陶芸作品は、ありがちな「工芸作品」の枠におさまら
ない。表面に直接ドローイングしたり、写真を転写したり貼り付けたり、文字を
書き込んだり。そのイメージがあってこその作品である。彼自身、性や暴力や
政治や社会批判といったテーマとセラミックが融合しているところに自分の作
品があると言う。

 展覧会ポスターの表面を飾った陶芸作品「何がいやなのか?」は、金ピカの
壷にブランド物の靴や鞄などの消費財を描き込み、現代の消費社会を皮肉っ
ている。また「美術館は君に良くないよ」という作品は、壷にタイトルの文がそ
のまま日本語で書かれている。さらにこれと同様のメッセージが込められてい
る作品として「テート・ギャラリーの前に立つクレア」という写真作品がある。
ここではペリー自身が女装し、美術館の前で「NO MORE ART」と書かれた
プラカードを持って立っている(ちなみにクレアというのは、彼が女装した時の
呼び名である)。

 このように、彼は世相を大変鋭くとらえ、挑発的で、アイロニーとユーモアに
富んだアーティストであり、それが彼の一番の特長だと思うが、決してそれだ
けではないのを見せつけたのは、今回展示されていた「陰翳礼賛」である。こ
れは言うまでもなく谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」へ捧げる作品である。イメージの
重なりが、彼の壷の作品の中でもひときわ美しかった。

 彼が影響を受けたアーティストとして、ヘンリー・ダーガー(当ブログ内の記事「ヘンリー・ダーガー展」を参照されたし)
の名が挙げられていた。確かに、ある意味猥褻(?)な印象を受けるイメージ、
強烈な創作のエネルギー、社会への関わり方など、なるほどと思う点もあるが、
ペリーの方がずっとアーティストとしての自覚があるし、今はより一層批判の
材料に事欠かない世の中になってしまった。今後、彼の創作活動はますます
過激なものになっていく予感がするし、また、そうあってほしいと思う。
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by imymegallery | 2007-09-12 22:39 | 展覧会の感想