★Information
※頻繁に変更されますので、まめにチェックしてくださいね!

もう11月。ということで近況報告。
 えー、今日から11月です。今年もあと2か月ですか。なんか恐ろしい
くらいに光陰矢のごとしですね。そして私の個展まであと1ヶ月余りと
なりました。以下近況報告です。

 まず、参加予定でした先月28日の京都会館手づくりアートギャラリー
には結局参加できませんでした。楽しみにしていた方々には申し訳なく
思っています。ここにお詫び申し上げます。

 先日からの風邪はおかげ様で治りました。いよいよ個展に向けての
準備はラストスパートをかける時期となりました。もうこうなったら
死に物狂いでガンガン描くぞー!

 今まで個展を開いてきた経験から言いますと、個展ともなるとただ
単に絵を描くだけでなく、企画・宣伝・展示などもやっていかなければ
ならないわけで、そのために物凄いエネルギーが必要になります。
だけど、これほど達成感も大きいものに今まで出会ったことはありません。

 ここでも個展が近づくほど色々とストレスをぶちまけてしまい、皆様
にはご迷惑をおかけしておりますが、どうか個展の成功のためにご理解
いただければと思います(私もなるべく心配をかけないようにしますので)。

 私の創作活動を応援してくれる皆様のため、そして私自身のアーティスト
としてのさらなる進歩のためにも、個展を成功させたいと思っています
ので、どうか応援よろしくお願いいたします。
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# by imymegallery | 2007-11-01 22:51 | お知らせ
眠くてたまらん。大丈夫かな……
 ここ数日、日中眠くてたまらず、今日はとうとう昼食後いつの間にか寝てしまってました。
それでもまだ眠くて、食欲もあまりなく、少し寒いなあと思ったら微熱がありました。
風邪をひいたようです。

 というわけで28日の京都会館手づくりアートギャラリーは予告無く欠席するかも
しれません。その時は風邪で寝ていると思ってください。すみません。
ほんとは出たいんですけど。

今日は早く寝ます。 
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# by imymegallery | 2007-10-26 19:13 | その他
「天体と宇宙の美学」展(滋賀県立近代美術館)その2……講演会「天体の図像学」
 私が「天体と宇宙の美学」展に行った日は「天体の図像学」と題する講演会があった
(講師:藤田治彦・大阪大学大学院文学研究科教授)。西洋における美術作品において、
天体、特に太陽と月の描き方においてある特徴が見出されるということがこの講演の
テーマである。以下、主な内容をつらつらと書き留めておく。

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・パルテノン神殿の東破風(現在はほとんど原型をとどめない)は、南端に太陽神ヘリオス
 の戦車の彫刻、北端に月の女神セレネと馬の彫刻が配され、破風の底辺はオケアノス、
 つまり海である。これは朝になると太陽が海面から姿を現すということを表現している。
 そしてそれと対をなすものとして月がある。豊かな想像力による、宇宙の壮大な表現で
 ある。

・具体的なキリスト磔刑像は、はじめからあったわけではない。ナポリ大聖堂内の洗礼堂
 の天井モザイク画は、キリストのモノグラム(キリストのギリシャ語綴り
 ΧΡΙΣΤΟΣ)の最初の2文字ΧΡを組み合わせたものである(これが十字架にも見
 えなくもない)そして左右にΑとωを配し、ヨハネの黙示録の「私はアルファであり、
 オメガである。はじめであり、終わりである。」を表している。

・また、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂のモザイクは金色の十字架の交差点に
 キリストの顔が小さく描かれている。

・「天の聖壇」をテーマとした造形の例として、フランス・メッスのクールドール美術館
 所蔵の、メッスの教会の天井の要石(かなめいし)彫刻。要石のひとつには巫女とアウ
 グストゥス帝が描かれ、もうひとつには聖母子が描かれている。聖母は「黙示録の女」
 の特徴も備えた描写がされている。その描写とは、太陽の衣をまとい、その衣の裾で
 三日月を踏んでいる、というもの。

・ランブール兄弟によって創られた「美しき時祷書」にも「天の聖壇」の挿絵がある。
 上の例と同様のモチーフが描かれている。文字と挿絵、装飾のデザイン、レイアウトが
 優れている。

・また、ランブール兄弟と同時期の画家による「ブシコー元帥の時祷書」の中の「聖母
 の前で祈る元帥夫妻」も同じテーマ。ただしこの絵では「巫女とアウグストゥス帝」の
 代わりに元帥夫妻が描かれている。それからランブール兄弟は代表作「ペリー公の
 いとも豪華なる時祷書」で巫女とアウグストゥス帝を別画面にした3画面による
 「天の聖壇」の組絵を描いている。

・キリストの磔刑像が具体的に描かれるようになると、そこにも、十字架の左側に
 不気味な光を放つ太陽が、右に黒い月が描かれるようになった。太陽の出現の根拠は
 福音書の、正午から三時まで全地が暗くなったという記述に求められるが、月に
 関する記述はないので、太陽と月を並べて描く、あるいは両天体を対照的に配置する
 キリスト教以前からの造形の伝統などの理由の方が大きいかもしれない。

・ランブール兄弟の月暦画、12か月の風俗を描いたものであるが、太陽を渦巻き、回る
 ものとして表現している。これはケルト的な表現で、この絵はギリシャ・ローマの
 絵画表現とケルトの装飾表現を併用したもの。

・フランドル絵画は、西洋美術史上例に見ない絵画技法と様式の進化を遂げたといえる。
 中でもヤン・ヴァン・エイクは、キリストの磔刑場面の描き方に特徴がある。彼は
 そこに太陽と月を同時に描くというそれまでの形式をとらず、白昼の磔刑の場面を、
 福音書の記述を詳細に至るまで視覚化した。しかしながら、画面の左に太陽、右に月
 という形式を、太陽が画面の外、左側に輝いていることを暗示し、右側に白昼の淡い
 月を描くことで表現している。

・17世紀初頭のアダム・エルツハイマーの作品「エジプトへの逃避」。夜の風景を描いた
 ものであるが、星座、天の川など、天空を細密に表現している。
 さらにクロード・ロランはそれまでの形式を脱し、太陽を中央に置いた風景画を描いた。

・同じく17世紀、ルドヴィコ・チーゴリはサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂パオリーナ
 礼拝堂の「無原罪の御宿り」の聖母の足下に、クレーターで覆われた月を描いた。
 チーゴリはガリレオ・ガリレイの友人で、望遠鏡で観察した月という科学的表現と
 宗教的表現を混在させた。

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 図版など詳細は「天体の図像学」(藤田治彦 著、八坂書房)をご覧ください。
(こちらに説明は書ききれないので。すみませんです)
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# by imymegallery | 2007-10-16 23:02 | 展覧会の感想
ネタばれ注意「天体と宇宙の美学」展(滋賀県立近代美術館)その1
 昨日、滋賀県立近代美術館で「天体と宇宙の美学」展を鑑賞しましたので
感想を書きます。この展覧会は2007年11月18日(日)まで開催中です。いま
詳しい内容や批評を読みたくないという人はここから下は読まないでください。









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 芸術の秋は、一応芸術みたいなこともやっている私にとっては超多忙な
時期なのである。特にこの秋は東京での個展の準備のため、行きたい展覧会
も絞らなくてはならない、どこに行こうかとネットで調べていたら、この
展覧会の情報を見つけた。「天体と宇宙の美学」。私は最近、皆既月食を
見るなどして、宇宙やその中に浮かぶ天体の姿にとても心ひかれていたので、
迷わず行くことを決めた。

 この展覧会は「第1章 物語の中に描かれた天体」「第2章 太陽と月」
「第3章 天文学と占星術」「第4章 星空と宇宙の旅」の4つのテーマ
から構成され、作品が展示されていた。

             ・             ・             ・

 第1章の、J.J.グランヴィルの「彗星の大旅行」、エドワード・コーリー・
バーン=ジョーンズの「フラワー・ブック」の一連の作品は、その魅力的な
ファンタジーの世界に胸がときめくような感覚を覚えた。また、15世紀末の
アルブレヒト・デューラーのヨハネ黙示録を題材にした作品は、後述する
聖書の特徴的な世界観を描いている。

 第2章では、太陽や月が描かれた作品が展示されていた。その表現は様々で
あるが、太陽や月にこめた思いが強く感じられる作品が気に入った。具体的に
挙げてみる。高島野十郎「林辺太陽」の写実をつき詰めた末の画面中央から
放たれる崇高さ。浅野弥衛「Work 22」の軽妙洒脱、鶴岡政男「静かなる夜(山と
月と湖)」の黒く二重に見える月とぐにゃぐにゃした物体による不気味な世界、
高間惣七「月」の生き生きとした描写、鴨居玲「月に飛びつく男」の深い闇、
萩原英雄「道化師 No.8」の遊び心、深沢幸雄「月のマークのTシャツ」の美しい
色彩、高橋義治「春の夜の鳥」のカラフルで温かみのある色彩。
 あと、この章で特記しておきたいこととしては、
・太陽が月と重なり合う日食(日蝕)は、太陽と月の婚姻とみなされ、それは男性
 原理(太陽)と女性原理(月)の結合から万物が生じるという錬金術の思想を暗示
 していること。
・月は夢幻の世界、妖しい魔力、癒しなど実に多彩な表情を見せているが、いず
 れにしても多くの画家が不思議な魅力にひかれて描いていることは確かだ。
・大正3~4(1914~1915)年にかけて、恩地孝四郎、田中恭吉、藤森静雄によって
 作られた版画と詩の雑誌「月映」は、版画の味わいを生かした、是非手に取り
 たくなるような雑誌である。彼らの作品の中では、恩地孝四郎「ただよへるもの」
 の幾何学的なシャープさが印象に残った。

 第3章からの作品群からは、黄道十二宮に代表される占星術のイメージの豊かさ
とそれが芸術家に与えた影響の大きさがうかがえる。しかし昔は天文学と占星術が
密接に結びついていたからか、わりと理知的な印象を与える作品が多かった。
ジョセフ・コーネル「陽の出と陽の入りの時刻、昼と夜の長さを測る目盛り尺(メモ
レンマ)」、長谷川潔「幾何円錐型と宇宙方程式」、深沢幸雄「天空を計る」、柄澤齊
「星盗り」はその顕著な例である。

 第4章は惑星や銀河、星雲、流れ星などを描いた作品が展示されていた。この中にも
駒井哲郎「CONSTELLATION I」やスタンリー・ウィリアム・ヘイター「ブラックホール」、
吹田文明「星を抱くC」「白鳥座」、日和崎尊夫「小さな宇宙」、柄澤齊「洪水C」など、
宇宙の神秘に取りつかれたかの様な、そして私もそれらの作品に取りつかれてしまい
そうな作品が並んでいた。一方で、野村仁や金山明といった作家は、実際の天体観測から
作品を生み出していて興味深かった。

             ・             ・             ・

 近年では科学技術の進歩によって、宇宙の姿が少しずつ解明されているが、それでも
謎は多いし、また例え解明されたとしても宇宙の神秘性、美しさはいささかも減ること
はないと思う。私も宇宙をテーマにした作品を創りたいと思う。それは具体的な天体や
天文現象だけではなく、私が想像する宇宙、宇宙を構築することでもある。
 最後に、今回の展示で私が興味深いと思ったことは、版画技法による作品が多かった
ことである。特に木口木版の作品は、なかなかお目にかかれないだけにその美しさに
惚れ惚れした。私も木口木版の技術を習得して、作品を創りたいと思った。
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# by imymegallery | 2007-10-15 23:15 | 展覧会の感想
ご来場御礼&折鶴会館
 京都アートフリーマーケット 2007秋はおかげ様で3日間の
会期を終えまして無事終了いたしました。作品搬入時から早速
疲れてきて、初日の展示、販売、主催者や作家の皆さんとの
交流会を終えた時にはもう過労気味でどうなることかと思い
ましたが、沢山のお客様にお越しいただき貴重なひとときを
過ごすことができました。
 ご来場の皆様、そして日頃からI my me galleryを応援して
くれている皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

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 上の3枚の画像ですが、左端の画像は3月の京都の個展に出品し、
今回も再出品して、沢山のご好評をいただきました「折鶴会館」の
絵です。そして今日、打ち上げ(?)の意味も込めて折鶴会館へ行って
きました。右2枚の画像は折鶴会館の写真です。この建物は阪急
西院駅のすぐそばにある飲み屋集合ビルです。立ち呑み・ホルモン焼の
店「藤」でホルモンを焼いて食べました。安いし美味しいし、とても
庶民的なところです。
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# by imymegallery | 2007-10-09 21:11 | お知らせ
再度告知です。10/6、7、8は文博へGO!
●京都アートフリーマーケット 2007秋
日時:2007/10/6(土)~10/8(月・祝) いずれも11:00~17:30
場所:京都文化博物館・NTT西日本京都支店・河合塾京都校
I my me galleryを含む103作家が出展する秋の一大アート
イベントです。私は初参加ですが、いつも手づくり市などに
出展している作家さんで今回も出展する方もおられるようなので、
楽しくやりたいと思っています。
詳細はこちら

なお私の出展ブースですが、京都文化博物館会場の中庭、F15ブースです。
詳しい案内図がみたいという人は上記URL内のリンク

リーフレット表面( PDFファイル ,1MB)
リーフレット裏面( PDFファイル ,1MB)

を開くとご覧になれます。ただし、Adobe Acrobat ReaderなどのPDFファイルを
閲覧できるソフトが必要です。なおファイルサイズが大きいので、ネット接続の
スピードが遅い環境の方は(ブラウザがIEの場合)右クリック→対象をファイルに
保存、でダウンロードしてからご覧ください。

いま最終の準備をしており、夕方に搬入に行きます。
皆様のお越しをお待ちしております。
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# by imymegallery | 2007-10-05 10:41 | お知らせ
10月のイベント出展のお知らせ
●京都アートフリーマーケット 2007秋
日時:2007/10/6(土)~10/8(月・祝) いずれも11:00~17:30
場所:京都文化博物館・NTT西日本京都支店・河合塾京都校
I my me galleryを含む103作家が出展する秋の一大アート
イベントです。私は初参加ですが、いつも手づくり市などに
出展している作家さんで今回も出展する方もおられるようなので、
楽しくやりたいと思っています。
詳細はこちら

●京都会館手づくりアートギャラリー
日時:2007/10/28(日)(雨天の場合11/4(日)に順延)9:00~16:00
場所:京都会館中庭
オープンカフェもあるそうです。
詳細はこちら

芸術の秋、存分に楽しんでください。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。
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# by imymegallery | 2007-09-23 22:03 | お知らせ
散歩に関する覚え書き(5)夏と秋のはざまで
f0033442_2165349.jpgf0033442_217918.jpg 夕方、いつものごとく出力センターへ行き、そのあと
河原町五条にある画材店へ行った。そこでの買い物を
終えて、近くの鴨川べりに座り込んでしばしの間休憩
した。すぐそばに五条大橋がかかっているが、ここは
三条や四条のあたりと違って人は少なく、まして等間
隔で座るカップルの列などあるわけがないので、静か
に草むらにひそむ虫の声に耳を澄ましていた。嗚呼、
秋の虫の声のなんと愛らしいことか!

 あとは早く昼間も涼しくなってくれないとね……。
この時期になっても最高気温が30℃を超えるというのは、
さすがに心身ともに疲労が極限に達しそうだ。
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# by imymegallery | 2007-09-21 21:07 | 散歩に関する覚え書き
「麻田浩 展」(京都国立近代美術館)
 先月31日に京都国立近代美術館で「麻田浩 展」を鑑賞しました。諸事情により
遅くなりましたが、感想を書きます。いま詳しい内容や批評を読みたくないという
人はここから下は読まないでください。
 なお「文承根+八木正 1973-83の仕事 展」も同時に開催されております。どちらも
9月17日(月・祝)までです。ご覧になりたい方はお早めに。



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 麻田浩(1931-1997)は、日本画家・麻田辨自の次男として京都市に生まれた。
兄・麻田鷹司も日本画家であった。麻田浩は1954年、23歳の時に新制作協会展
に初入選を果たし、1963年31歳の時初個展を開催したのを機に画業に専念する
ことを決意した。以後画風を変えながら亡くなるまでの画家としての軌跡の
全容を初めて世に知らしめたのが今回の回顧展である。

 麻田浩の初期の作品群は、初期のアンフォルメルへの志向から、やがてシュル
レアリスムへと徐々に傾斜していくのだが、全体としては試行錯誤を重ねて
いるのが強く感じられるものである。ここには当時の京都における気鋭の
作家たちからの影響もあっただろうと思われる。

 そして1971年に、麻田浩はパリへと旅立った。しばらくは制作に集中できない
日々が続いたようだが、フリードランデル(Johnny Friedlander)の主宰する
版画研究所で版画制作を開始してから、本格的に制作に集中できるように
なったようである。私には、それとともに彼の作品は大きく飛躍を遂げたと
思った。彼のエッチングによる作品「赤い円」「原風景」は色味を抑えた、
乾いた赤土や砂で出来ているような世界の表現がとても良い。
 それとともに、油彩でも「原風景」をテーマとした一連の大作の制作が
始まった。特徴的なのは、縦・横同じ寸法の正方形、それも1辺が1mを
超えるような大作を多く描いていたことである。さらに、サイズが大きく
なっても大味にならず、水滴や地面のひび・くぼみ、鳥の羽根や昆虫などで
構成した引き締まった画面にしていることに驚異すら感じた。こうして独自
のスタイルを確立した作品がヨーロッパで高く評価されたのも、当然だと
思った。しかし同時に、心身ともに大変消耗したであろうということも、
容易に想像できる。

 1982年に帰国後、麻田浩は京都市立芸術大学の教授に就任すると同時に
自らも自身のテーマを深めるべく制作活動を続けた。パリでの作品の大きな
テーマであった、自然物で構成された「原風景」は、人工物を加えた「原都市」
へと発展していった。それはさながら廃墟や、古い標本が転がっている
実験室のようである。
 また、やはりヨーロッパの価値観にどっぷりつかったきたからであろうか、
キリスト教的主題にもより一層傾倒していくことになった(1991年に麻田浩
は、洗礼名ジャン・ピエールとして洗礼を受けている)。その代表作と
言えるのが大作「地・洪水のあと」である。1986年、京都の画廊でこの作品
1点のみを展示した個展が開かれたという。そして、この作品の裏側には、
フランス語で旧約聖書の「伝道の書」第1章の冒頭部分が書かれた。
 私はキリスト教者ではないので、あくまでも私個人の感想だが、この
「地・洪水のあと」には、洪水のあとにも新たな生命体がうごめいている
ように感じた。
 あと「御滝図」(兄に)という作品は、日本画でよく描かれる流れ落ちる滝
を描いたものであるが、これは単に日本画家であった兄へのオマージュという
意味を超えて、日本の風景を麻田浩風に、新たなる世界を示した作品だと
思う。

 1997年、麻田浩はアトリエにて自ら命を絶ってしまった。今回の展覧会では
アトリエに残されていた未完の作品「源(原)樹」も展示されていた。木の幹には
蛇が巻きついていて、画面にはいくつもの球が漂っていた。この絵を見た時、
私は「完成させてほしかった」と思った。疲れ果てていたとしても。

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(9/15追記)
・美術館の公式サイト上で「電子メール討論会」なるものが行われています。
 「この作品が展示されていない!」など、興味深いメールが集まっており
 ますので読んでみてください。
・この展覧会の最終日、9/17(月・祝)の13:30~17:00に、
 シンポジウム「今、なぜ麻田 浩なのか」が開催されます。麻田浩のことを
 より深く知りたい方は是非行ってみてください。

いずれも詳細は京都国立近代美術館公式サイトをご覧ください。
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# by imymegallery | 2007-09-14 20:57 | 展覧会の感想
「我が文明:グレイソン・ペリ-」「パッション・コンプレックス」(金沢21世紀美術館)
 先月25日に金沢21世紀美術館で「我が文明:グレイソン・ペリ-」「パッ
ション・コンプレックス:オルブライト=ノックス美術館コレクションより」展を
鑑賞しました。諸事情により大変遅くなり、一度は書くのをやめようと思って
いましたが、記録のために感想を書きます。
 「我が文明:グレイソン・ペリ-」はすでに終了しています。「パッション・
コンプレックス」は11月11日(日)まで開催中です。いま詳しい内容や批評
を読みたくないという人はここから下は読まないでください。




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 今もあちこちに武家屋敷が残る加賀百万石の城下町・金沢。ここに金沢
21世紀美術館が開館して3周年を迎えたという。私がネットで下調べをした
限りでは、色々面白い企画をやっていて来館者の評判も良さそうだった。
しかし自宅からは遠くしょっちゅう足を運べない所なので、夏休み期間に上記
2つの大きな企画展の会期が重なっているのを狙って遠征した。

 JR金沢駅からバスに乗って、デパートやオフィスビルが立ち並ぶ金沢の
中心街・香林坊のバス停を降りて歩くこと約10分。妹島和世と西沢立衛の
設計によるガラスを多用した円形の建物が現れた……、と思ったら、なんと
建物の壁面が朝顔で覆われていた。なんでも「明後日(あさって)朝顔プロ
ジェクト2007」の一環の展示(?)のようである。それを見て、実習室のベラン
ダに朝顔を植えたいと言って実行してしまった、とてもかっこいい(?)、今は
亡き私の大学時代の後輩を思い出した。

 他の美術館の規則正しい動線に慣れてしまった私は、入館してしばらく道
に迷った。建物はガラスを多用しており、館内が明るかったのが救いだった。

 まず、「パッション・コンプレックス」から。
 金沢市の姉妹都市であるアメリカ・バッファロー市の、オルブライト=ノッ
クス美術館は、常にコンテンポラリー・アートの作品を収集している美術館
だそうだ。今回はそのコレクションの一部が展示されていた。
 絵画・写真・立体・映像など多岐にわたる作品が展示されていたのはよ
かったが、好き嫌いは勿論のこと、興味を持てる・持てないが私の中でかな
りはっきり分かれてしまった。

 私にとって「好き」「興味を持てる」「今後も忘れないであろう」作品をいくつ
かあげてみる。ダン・フレイヴィンの蛍光灯を使い美しい光を放つミニマリズ
ムの作品、モナ・ハトゥムの自身の居場所=地球の不安定さを示すような
砂地をバーでひたすら掃き清める作品、自画像について新しい解釈を提示
したジリアン・ウェアリングとジョン・コプランズの作品。特に自画像の作品は、
ウェアリングが家族の古い写真そっくりに変装し(しかもいくらか自身の影が
感じられる森村泰昌と違って、ウェアリングの場合は精巧に変装しきってい
る)、コプランズは自分の身体の一部分(手や足など)を毛穴、体毛、しわな
どまで剥き出しにしてみせる。これらは高い技術があってこそ出来る作品で
あり、その技術とテーマを上手く融合させたという点で私は高く評価する。

続いて「我が文明:グレイソン・ペリ-」を鑑賞。

 グレイソン・ペリーは、現代社会の諸テーマを主に陶芸作品で発表してきて
いるが、陶芸に限らず彫刻、写真、版画、服のデザイン、果ては女装まで、
様々な技法で強烈なインパクトを与え続けている作家である。
 彼が主に手がけている陶芸作品は、ありがちな「工芸作品」の枠におさまら
ない。表面に直接ドローイングしたり、写真を転写したり貼り付けたり、文字を
書き込んだり。そのイメージがあってこその作品である。彼自身、性や暴力や
政治や社会批判といったテーマとセラミックが融合しているところに自分の作
品があると言う。

 展覧会ポスターの表面を飾った陶芸作品「何がいやなのか?」は、金ピカの
壷にブランド物の靴や鞄などの消費財を描き込み、現代の消費社会を皮肉っ
ている。また「美術館は君に良くないよ」という作品は、壷にタイトルの文がそ
のまま日本語で書かれている。さらにこれと同様のメッセージが込められてい
る作品として「テート・ギャラリーの前に立つクレア」という写真作品がある。
ここではペリー自身が女装し、美術館の前で「NO MORE ART」と書かれた
プラカードを持って立っている(ちなみにクレアというのは、彼が女装した時の
呼び名である)。

 このように、彼は世相を大変鋭くとらえ、挑発的で、アイロニーとユーモアに
富んだアーティストであり、それが彼の一番の特長だと思うが、決してそれだ
けではないのを見せつけたのは、今回展示されていた「陰翳礼賛」である。こ
れは言うまでもなく谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」へ捧げる作品である。イメージの
重なりが、彼の壷の作品の中でもひときわ美しかった。

 彼が影響を受けたアーティストとして、ヘンリー・ダーガー(当ブログ内の記事「ヘンリー・ダーガー展」を参照されたし)
の名が挙げられていた。確かに、ある意味猥褻(?)な印象を受けるイメージ、
強烈な創作のエネルギー、社会への関わり方など、なるほどと思う点もあるが、
ペリーの方がずっとアーティストとしての自覚があるし、今はより一層批判の
材料に事欠かない世の中になってしまった。今後、彼の創作活動はますます
過激なものになっていく予感がするし、また、そうあってほしいと思う。
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# by imymegallery | 2007-09-12 22:39 | 展覧会の感想